ぼくは、今日も図書館に来ていました。
普段、図書館になんて滅多に行かないのだけれど、カーターさんに借りた聖書は、
教会で読む気にはなれなかったから、ぼくは図書館にきていました。
図書館は、教会と同じくらいひんやりと、静かな場所でした。
ただ古臭い、重みにある本のにおいと、ぎっしりと本棚につまっているという圧倒感が、
教会にはない空気となって、ぼくの身体に沁みこんでいくようでした。
ぼくはいつもの場所に腰掛けました。一番奥でひっそりと、消えてしまいそうな席です。それが僕に、ぴったりな気がしたから。
飴色に変色したざらついた机の上で、聖書を開きました。まだ、半分も読んでいません。
ちらりと、一階へ降りる階段に目をやりました。今日は、彼女は来ないのかもしれません。
彼女の姿を頭に描こうとすると、ふんわりとした白っぽい金色の髪の毛が始めに思い出されました。
それは同室のグレイの、太陽を浴びすぎた向日葵のような、ギラギラとした金色ではなくて、
冬に間違って咲いてしまった蒲公英のような印象をうけました。
昨日、抱えていた種は、あの荒れ果てた牧場の畑に植えられたのでしょうか。
それとも今、彼女の、いかにも牧場初心者ですといったような真っ白な手によって、植えられている最中なのかもしれません。
聖書を一ページめくりました。
めくるごとに、頭に言葉が与えられるごとに、ぼくはぼくのたどった道を、許してもらえているような気がしました。
それはただの身勝手な考えなのだけれど、それでも、それにすがりたくて、僕はまたページをめくりました。
「クリフ。」
図書館から教会へと行ったら、カーターさんが教会の前で子供達におかしをあげていました。
ぼくは、軽く会釈をしてその場を通り過ぎようとしたのだけれど、
カーターさんは手に持っていたおかしをひょいっとぼくの方に渡してきました。
「え?」
「今日は少し作りすぎたんです。クリフもどうぞ。」
「・・・ふたつあるんですけど?」
ぼくの手の中には、手のひらサイズの可愛らしくラッピングされたおかしが二つ乗っていました。
子供用のラッピングがなんだかぼくには不釣合いな気がして、手の上がすこし居心地が悪そうにむずがりました。
「ああ、それは最近来た牧場主さんに渡してくれませんか?甘いものは疲れたときにいいですから。」
「・・・え?」
「おやつにどうぞ、って渡してください。」
いつものぼくなら、まだ慣れていない人にたった一人で会いに行くなんて、考えられないことだったのだけれど、
なぜか、ぼくはそのとき、カーターさんにおかしを返しませんでした。
なんといってカーターさんと別れたか分からないけれど、
ぼくの足は一歩、一歩、彼女の牧場の方へと歩いていました。
自分でも、どうしてこんな行動を取っているのか分かりませんでした。
彼女の手によって植えられていく種たちの姿が浮かんだせいかもしれませんし、
ただ、あの冬の、透明で、静けさの中で咲く蒲公英のような彼女の髪を、もう一度見たかったからかもしれません。
空に浮かぶ日の光は、すっかり昼を表していました。
その光を浴びながら、ぼくは瞼の裏で、彼女の姿を思い描こうとしていました。
気づいたら、彼女の牧場が目の前にありました。
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